な、な、なんなんだこれは…。予告をチラ見しただけで、心身ともに寛いでしまった。しかも隅々までスキっと美しいではないか!
『〈主婦〉の学校』は、アイスランドの首都レイキャビックにある家政学校「Húsmæðraskólinn」を密着取材したドキュメンタリー。1942年に創立した生活全般の家事を実践的に教える伝統校らしいが、いやはや、想像以上に様々なことを考えさせられる映画だった。
何せ疑い深いタチなので、まずはキレイキレイな印象を受けたじぶんを、一旦括弧に入れて座席に着いた。北欧マジックに騙されないぞーと(笑)。ところが開口一番、淡いピンクのセーターをお召しになり、静かに執務にあたっている校長先生を目撃したら…もうダメですね。
金八先生by赤木春恵ではなく、苦み走った草笛光子似のマルグレート校長が、超かっけーのだ。日本とはビジュアルだけでもこうも違うのか~。そしてひとたびそのハスキーボイスで穏やかに語り始めたら、英国諜報部MI6のボスにしか見えません。もちろん007は出てこない、ここは家政学校ですから―(笑)。
次の”こうも違う”事例は、建てられて100年になる真っ白な学び舎だ。少人数制の学校だから、ちょっと大きなお屋敷を校舎に利用しているようだが、どこもかしこも小ざっぱりと気持ちよく整えられ、さりげなく飾られた絵画がイチイチ決まっている。簡単に真似ができないレベル。それでいて誰もが親しみを抱くインテリアで心落ち着く。
さらに屋根裏には寄宿生のための寮が用意され、まるで絵本の世界ではないか。ここで暮らしながら学べるってマジに天国じゃね?恐るべし北欧マジック。少なくともわたしが知る学校環境とはまるで異なり、機能的かつ温もりのある空間作りに早くも脱帽するしかない。
学生側に目をやれば、アイスランド全土からごくフツーの若いお嬢さんたちが集まってきている。「主婦になるためじゃない」「手仕事に興味があって」…と、目的は様々だが、誰もがここで学ぶことに意欲的。そう、生活全般の知恵や技術を身につけることは、じぶんの人生をよりよきものにすると考えているのだ。「就職」に紐づいた学びにしか価値がないと思い込んでいる日本人とは、”決定的に違う”のだ。
授業シーンがこれまた楽しそう!秋に入学した学生たちは、バスに乗って遠出し、ベリー摘みの実習から始まる。ケーキやジャムを作るため、収穫から体験させるというダンドリだ。すんばらしいロケーション、ベリーってこんなゴツゴツした岩肌に実るのか!日本でこんなプログラムを実現するなら、授業というより、旅行会社のツアー商品だろう。
授業シーンの中で、登場頻度が高かったのは、やっぱり調理実習。目の保養にもってこいだからね。ただこの学校では、じぶんたちのその日の食事作りから始まっているので、授業と生活の区分けがなく、とても理想的な基礎実習方法に思えた。完成した夕飯を校長先生も交えて大家族のように食べ、食事を終えたら手をつないで「ごちそうさま」とねぎらいあうシーンなんて、美しすぎてめまいすら覚えたわ…(汗)。
その一方で、伝統料理や凝ったおもてなし料理も丁寧に学べるわけで、生活文化はこんな風に自然体で伝承されるのがベストだと感じた。母から娘とか、母から嫁へみたいな形骸化した家族幻想に未だに縛られていたり、食事作りの価値を無償奉仕としてしかみなしてこなかった我々とは “こうも違う”のだ。
他にもテーブルセッティングにマナー、洗濯&アイロンかけ授業もあれば、洋裁や手芸ワークと、盛りだくさんな内容。家事を基礎の基礎から学べるなんて、なんて贅沢!何よりすべての学びを、じぶんの生活技能を高めるための実学とおいているところにグッときた。
映画の構成は、卒業生たちのインタビューを交えて進行する。1997年に学校初の男子学生となった彼は「卒業するとき、校長に『あなたは幸運な男性になるわ』と言われた。人生でうまくいかないことがあるたびに、その言葉を思い出し乗り越えてきた」と語る。さらに、卒業後に環境大臣になった男性まで登場し、母校の取り組みを「いまこそ意義がある」と賞賛する。かんじ良すぎてケチのつけようがない。本当にここでの体験が、じぶんの人生に実をなしているのだろう。
今回初めて知ったのだが、良き主婦になることを目的としたいわゆる”花嫁学校”は、かつて世界中に作られていたらしい。でもって今ではどこも衰退。同様の目的で創立しながら本校は、時流に目配せしつつ「主婦」から「家政」へ学校名を変えたり、男女共学にしたりと教育内容はそのままに、アピールポイントを刷新して、現在も存続する数少ない例とか。それでも、学校継続の許可が下りるのは、毎回新学期が始まる1ヵ月前(!)だと言うから、マルグレート校長も、気が休まる暇はないだろう。
運営母体の大小にかかわらず、どんな学びの場を継続的に整えて行くかは、その国に生きている人々の在りたい姿が反映される。気負うことなく生活を大切に営み、自立した人生を楽しもうと考えるアイスランドの人々に、俄然興味がわいた。
生活全般を回せるようになることは、自らと社会の関係について認識することであり、それは共同体を維持するための規範を考えることにつながる。これぞまさに教養だ!”ジェンダー平等”先進国は、国の旗振りだけでなしえたものではない。よりよき市民になるための意識が、長い時間をかけて日常的に育まれているのだ。
映画は卒業式後の歓談シーンで幕を閉じる。小さな学校の小さなセレモニーのそのまた小さな階段前の通路が舞台だ。何もこんな窮屈なところでカメラを回さなくても…と呆れるような一角である(笑)。でも、ここに入れ代わり立ち代わり現れ、感謝と歓びをそっと噛み締め合い、別れを惜しむ学生たちの姿がたまらなくイイ。静かにねぎらいあう姿が胸に染みた…。寝食を共にしながら学んだ校内の道辻に、よき市民たちが集う絵として、特に忘れ難いものとなった。
ところで日本の家庭科教育は現在どうなっているのだろう。50年前のわたしの体験とは様変わりしているはず。本作を見て急に気になり始めた。ちょっと調べてみよう―。
『主婦の学校』
2020年/78分/アイスランド
監督/脚本/編集 ステファニア・トルス
製作/音楽/音響 ヘルギ・スババル・ヘルガソン
出演 マルグレート・ドローセア・シグフスドッティル