いやー、も~、気安くひと気のない夜道に車を走らせるなよ~、それだけで身構えるじゃないか~、人の気も知らないで…💦 幕開けとともにボヤキで始まった「シンプル・アクシデント/偶然」(2025年)。並みの監督ならともかく、イランの巨匠、ジャファル・パナヒの新作となれば、車中に夫婦と幼い娘の家族3人が乗車する光景だとわかっても、全く気が抜けない。案の定、不意に何かとぶつかり、パパが車を降りて確認に出たりして…ひぇー、こっわ。そのうえ野犬をひき殺したパパを真っ直ぐなじる娘と、事故も神さまの思し召しだとフォローするママの態度が強烈で、いったいどうなることやらとソワソワしていたら、ここでタイトルを差し挟み一旦外す―何とも見事な滑り出しである。
ただし、ホッと息をつく暇なく、今度はとある工場の前で車が故障。たまたま工場に立寄った男の好意で応急処置をし、なんとか無事に帰宅できるが、密かに一家は尾行されていた。店の二階で電話をしていた整備士のワヒドが、足を引きずるパパの足音を耳にした途端、血相を変えて一家を追跡していたのだ。一体何が起きたかは、眺めていれば瞬く間にわかる。それよりここは、わかるまでの引っ張り方をじっくり堪能すべきところだろう。
翌朝。一晩中見張り続けたワヒドが→例のパパと故障した車が修理工場へ運ばれるのをワゴン車で追跡。街の喧騒や、道を横切る野良犬のショットでLIVE感たっぷりの中→ワヒドがワゴン車内の道具を点検するシーンへ繋ぎ→いきなりパパをスコップで一撃。しかも目隠し&捕縛状態にしたパパを、砂漠に掘った穴の中へ突き落とし、今まさに生き埋めにしようとするからシビれた。目にも止まらぬ早業で、マフィア映画ノリの残酷展開へなだれ込み、アドレナリンが出まくりだ。
実はワヒドには、不当な投獄によって人生を破壊された過去があった。穴の中に突き落としたパパこそ、あのときの残虐な看守“義足のエグバル”で、その復讐を果たそうと燃えたぎっているのだ。ところが相手は、足のケガは最近のものだし、人違いだと言い張り、命乞いをする。正直言って、目隠しをされて監禁されていたワヒドには引きずって歩く足音の記憶しかなく、義足を確認してみても確証が持てない…どうする、ワヒド?
怒り心頭だったワヒドが、いったん頭を整理しようと、タバコを吸い始めるシーンは、愛煙家あるあるでサイコーだ。マフィア映画なら生き埋めにした後に一服するところだが、だだっ広い砂漠で暴力を寸止めにし、独り紫煙をくゆらせながら考え込む絵の可笑しさったらない。穴の中で命乞いをしている男はかつてのオレじゃないか?自分が受けた同じ暴力で復讐を果たしてそれでいいのか?―と、ここで映画が逆に暴走のハシゴを外しにかかるわけだ、ウマイ!
あんなに性急だったワヒドは、わからなくなったことで一旦クールダウン。“義足のエグバル(仮)”を木箱に押し込み、再びワゴン車を走らせる…自分と同じようにエグバルに苦しめられた者たちを訪ね、本人かどうかを確かめるためにだ。へっ?コメディじゃん、もう笑うしかない!
最初に接触したのはカメラマンの女性シヴァだ。よりにもよって、親友のウェディング撮影の最中に、エグバルの確認を迫られ渋々承諾。ところが彼女も目隠しをされていたから判断できないという。さらには花嫁のゴリもエグバルの犠牲者で、車の中に憎き男が捕縛されていると知り思わず卒倒。そのドタバタ模様は、スクリューボール・コメディの伝統的タッチに仕立てられ、つい声を出して笑ってしまった。その一方で、ゴリは花婿のアリがなだめるのを聞き入れず、逃げ出すどころが、男の正体をハッキリさせたいと怒りを爆発させる。自尊心を傷つけられた女たちの力強い叫びは、暴力で支配されたイラン社会の現実を想像させて余りある。笑いと戦慄の緩急のリズムもカンペキで、忙しいことこの上なしだ。
そこで、4人でワゴン車に乗り込み、復讐相手を唯一断定できるシヴァの元カレ・ハミドの元へGO。ただしコイツが、常時血管切れまくりの直情男すぎて、エグバルに違いないと殺しにかかり、大騒動に。全員が自分の手で片をつけたいと言い出し、収集がつかない。はい、またもや不条理コメディへ旋回。そして再び喫煙タイムだ♬シヴァとワヒドは一服しながら、とりあえずここは睡眠薬で眠らせたエグバルが目を覚ますまで待ち、自白させようと意見がまとまった。
流れ流れて復讐チーム御一行がたどり着いたのは、ワヒドが穴を掘っていたあのだだっ広い砂漠の真ん中である。そう、巡り巡って振り出しに戻ったわけだ。そこで芋づる式につながった男女5人が、1本の枯れ木を背景にぼんやりと時間をつぶす光景は、まさに不条理劇『ゴドーを待ちながら』。何が正義なのか?…本当に裁かれるべき相手は誰なのか?…人生を台無しにされた恨みで、激情にまかせて復讐にこだわったものの、空白の時間が彼らの意識に変化をもたらし始める。―と、そのとき、箱の中から携帯電話の鳴る音が―。
電話から聞こえてきたのは、泣きながらママを助けてと叫ぶ娘の声だった。御一行は咄嗟に助けに走り、破水した妊婦のママを親類と偽って病院へ運び入れ、無事に男の子が誕生するではないか!意表を突く展開。でもって、イランでは子どもが生まれると、菓子と花を周囲に配る風習があるらしく、金を出し合い、両親に成り代わって祝いの儀式までするハメに。なるほど、生まれた子に恨みはないからな。その流れで御一行はここで自然解散。とはいえこのままハートウォーミングな展開で終わるはずはなく、決着はワヒドとシヴァが担う最終コーナーへ。
そこは、黒澤の『羅生門』(1950)を連想させる藪の中だった。ふたりは目が覚めたエグバルに自白を迫る。特に、暴力に否定的だったはずのシヴァが執拗に尋問するシーンは、あえて観客に居心地の悪さを味わわせ、パナヒ監督らしい演出だ。ところが頑として口を割らなかったエグバルの態度が、息子の誕生を知った途端、一変する。妻を助けてもらったお礼にと、すべてを認めて自白し、現政権と最高指導者以上に大切なものはないと言い放つ。と同時に、殉教者という役回りを降り、生まれた息子に会いたいと許しを請うのだった。
復讐をとげるどころか、憑き物が落ちたように、憎き相手を置き去りにして立ち去るワヒド。同じ相手から2度命乞いをされ、彼には2度とも飲み込むしか術がなかった。そのうえでさらに、背筋も凍るような、現政権の支配から逃れられない日常を暗喩しての幕切れである。カタルシスを軽々とうっちゃり、射程距離を長く保って攻めに徹するパナヒ監督の姿勢に恐れ入った。
また本作では金と女性にも要注目だ。良くも悪くも金銭が面子の維持のために使われるやりとりは興味深かったし、登場する女たち(幼女から老母まで!)の誰もが自分の言葉と強固な意志を持って描かれ、見惚れた。カッケー!
第78回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作。
2025年/103分/仏・イラン・ルクセンブルグ
監督・脚本/ジャファル・パナヒ
撮影/アミン・ジャファリ
編集/アミル・エトミナーン
出演/ワヒド・モバシェリ、マルヤム・アフシャリ、エブラヒム・アジジ、ハディス・パクバテン、マジッド・パナヒ