■フレンチアルプスで起きたこと

生まれてこの方、一度もスキーをしたことがない。身軽にトライできないスポーツだからパスしてきた。移動が大変、用意も大袈裟、そのうえ季節限定となると、面倒くさがり屋な私の手に負えない。そんな私に最も縁遠い、“スノー・リゾート”なるものを取り上げた映画『フレンチアルプスで起きたこと』が面白かった。それも真夏日連続記録更新中の名古屋で満喫できるなんて!これ以上オツな楽しみ方はないだろう。監督はスウェーデンの新鋭リューベン・オストルンド。

 冒頭から見慣れないものばかりで、やたらテンションが上がった!スキーには、民宿→雑魚寝→学生サークル→和気藹々…みたいなノリしか持ち合わせていなかったが、なるほど欧州のスキー・バカンスは、ゴージャスな楽しみ方があるようだ。映画は、スウェーデン人の家族4人が、フランスの高級リゾートにやってきたところからスタートする。いきなりウェルカム写真撮影なんていうサービスが繰り広げられ、カメラマンの指示通りに笑顔でポージングする一家。おやおや、家族団らんの時間をハレにするための旅行会社の戦略か(笑)。まっ、乗せられるまま取りあえずなり切っておくのもありなのだろう。わざわざフランスに足を運んで羽を延ばすわけだから、一家の経済状態が裕福なのは自ずと推察できる。エグゼな夫トマスが、日頃怠っている家族フォローのために5日間のバカンスを計画したらしい。妻のエバと、娘のヴェラ、息子のハリーの4人が連れ添う姿は、まるで広告から抜け出たような理想の家族像そのものだ。でもって、笑っちゃうくらい壮大なアルプスの景色と、山々に抱かれるように建つ趣味のいいリゾートホテルと、洗練されかつ行き届いたスキー設備の揃い踏みはどうだ!ここまで全部がキラキラ輝いていると、かえって「書き割りですか?」と突っ込みたくなるから不思議(鑑賞後、本当にCGが多投されていると知って再度ウケた!)。ひと滑りしたあとの一家のお昼寝タイムまで覗き見させていただけて、滞在1日目にしてすでに私は、旅と家族にまつわる欧州発トレンド幸福見取図でお腹一杯になった。

 さて事件は2日目に起こった。山際のテラス席を陣取っての絶景ランチタイム時に、突如雪崩が発生し、居合わせた人々が一瞬パニックに陥った。雪崩自体は、ちょっとした笑い話のレベルで収束したが、笑えないのが咄嗟に取ったトマスの行動。何と妻と子供を置いて独り一目散に逃亡したのだ。あー、やっちゃったなあ…と思わず同情したくなる場面でもあるのだが、それよりパパのメンツが丸つぶれになるための小技が異様にサエていて、見惚れましたね。まずパパは、絶叫する息子をまったく無視し、野次馬的に雪崩に興奮した後、急に恐ろしくなって踵を返し、子供の手を取るのではなく携帯と手袋を掴んで独り猛ダッシュするというしょぼいオチ。このとき霞を用いて省略して見せる演出が、どこか大和絵の技法を彷彿させ、とぼけた味わいで何とも心憎かった。ただし、ほっかむりして逃げただけなら小心者と罵倒されて片付く話も、家族より携帯を優先させたことで、観客をも巻き込む展開へとイッキに変貌する。笑えない…もしかして私もやっちゃう?…、イザというときこそ無意識に自分の習慣に寄りかかるかも…と、スクリーンを離れた観客の日常にまで雪崩効果が及ぶ仕立てなのだ。―というわけで、キラキラから一転、気まずさ全開の残り3日半のバカンスが、この後も傷口に塩をすり込むように描かれて行く―。

家族の絆をテーマに描くなら、一旦家族サービスは取り止め、早々に帰国して日常で仕切りなおすのが妥当路線なのだろう。でもこれは、持ち場を離れた非日常の時間の中で、普段曖昧にしている役割分担の基準を白日の下に晒し、さらに「思っていたチームじゃなかった…」と、家族全員の落胆に何度も追い打ちをかけるように作り込んでいる。人工的に人間の深層心理に分け入るのである。特に、一家族のトラブルから端を発してはいるものの、男と女、親と子、既婚者と未婚者、客と従業員、単独行動と集団行動など、絶えず複数の周辺人物の心理状態を対比させながら描写していて、人間が抱える普遍的な心理側面を一望できるところがミソだ。ゲレンデを舞台にリゾート・モードになり切っていたトマス一家のように、観客をいっぱしの心理分析者になり切らせ、映画の時間に留め置こうという狙いが成功している。そしてやはり、心理ゲームを盛り立てるため、至る所に張り巡らせた小技のバリエーションが圧巻だ。星降る山並みが見知らぬ惑星に見え、雪崩防止設備は近未来の兵器に映り、時間とともに『シャイニング』のセットと化すホテル内にビビり、洗面所が登場するたび嫌な緊張が走る…。実際に見えているものとそこから立ち上る空気を微妙にズラし、しかもこれを登場人物たちの心理模様とガッツリ呼応させる描写力には斬新さが溢れている。相当偏差値の高い作り手なのだ。
 
 ラスト。ウソ泣きパパに負けじと過剰防衛ママの暴走で、トボトボと歩いて下山する幕切れがこれまた秀逸。不信感がアっという間に拡大感染し、身ぐるみ剥がされて彷徨う人々を冷徹に追いかけ、付け入るスキがない。
高級リゾートで心が遭難して終わるという皮肉な顛末―。娯楽映画の語り口をフル活用し、うそぶいてみせるが、この作家はなかなか硬派な出自。次回作が楽しみとなった。

フレンチアルプスで起きたこと
2014年/スウェーデン・デンマーク・フランス
ノルウェー/カラー/118分
監督    リューベン・オストルンド
脚本    リューベン・オストルンド
撮影    三村和弘
製作    木滝和幸
キャスト  ヨハネス・バークンケ
      リサ・ロブン・コングスリ
      クリストファー・ヒヴェー