●ブライアン・ウィルソンを観た

前回、小林秀雄の『ゴッホの手紙』を探しておきます、と書いてからすでに4ヶ月が経過しました。その間、何をしていたかというと、仕事をしていました。その中には、この03fotos.comのリニューアルのための作業も含まれております。その他もろもろ細々と雑務が重なり、今日に至った次第です。怠慢をご容赦ください。と、誰に言っているのかわかりませんが、とりあえず謝っておきます。あまり謝罪を安売りしていますと、説得力がなくなっていきますので、ここでやめておきます。

で、そんなてんやわんやの日々の中『ゴッホの手紙』を書棚から見つけたのですが、その前に書いておこうと思う体験がありましたので、記録することも含めここに記します。

それは4月に行われたブライアン・ウィルソンの日本公演です。小林秀雄からブライアン・ウィルソンへと飛躍しますが、そこはご容赦。私は4月11日の東京公演初日に行きました。私如きは一介の客に過ぎませんが、一応今回のライブについて説明します。

今回のライブのメインテーマはビーチボーイズのアルバム『ペット・サウンズ』の再現ライブです。『ペット・サウンズ』は今更私如きが説明するまでもなく、ロックミュージック史上に残る名盤であります。どれだけ名盤かというと、ビートルズのポール・マッカートニーが『ペット・サウンズ』を聴いて『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』を作ったと言えば、納得いただけるでしょうか。ちなみに、『ペット・サウンズ』はブライアン・ウィルソンがビートルズの『ラバー・ソウル』に触発されて制作したとも言われています。ついでにフランク・ザッパも『ラバー・ソウル』に影響されたそうです。これだけのエピソードで時代背景とその影響力は十分伝わってくるでしょう。

と、肝心のライブの構成ですが、前半ヒット曲、中半『ペット・サウンズ』の再現ライブ、後半アンコールでヒット曲、という流れです。

全体を通して…、終始ブライアン・ウィルソンの存在に軽度の衝撃を受けっぱなしでした。カリスマとしての在りようとして、これもまた宿命なのか、という印象です。

まず、歌がどのメンバーよりも下手。元同僚のアル・ジャーデンの場合、軽ろやかに伸びのある歌声は当時の音源と変わらず、見た目とのギャップに面食らいしました。が、ブライアンは…衰えております。

しかも、ブライアンは曲によっては歌わず、キーボードを弾かない時もあり、ぼんやりとした表情で前方を見つめているような佇まいのときもあったりしました。これはやはり、『ペット・サウンズ』制作当時にハマっていたLSDの後遺症なのか…と思ったりもしました。もしそうだとしたら、クスリの影響力は大きいです。

アンコールではアル・ジャーデンの存在が際立ち、「サーフィンUSA」など往年のヒット曲を連発し、それまで温和しく座って見ていた観客も総立ちで、最高潮という光景でありました。アル・ジャーデンは職人ですね。ちなみに、私は終始座っておりました。

だが、このアンコールが最高潮に達しているときのブライアンは…ぼんやりとステージから観客席を見つめてばかりでした。

ある意味、達観した姿です。

最後にブライアンのファーストソロに収められた「Love and Mercy」で締めくくっていました。この時はもちろん歌いましたが、キーボードはバックミュージシャンが弾いておりました。

ライブはもちろん楽しめました。しかし、それ以上にブライアン・ウィルソンという人物の佇まいが気になって仕方ありませんでした。

ブライアン・ウィルソンは間違いなく天才です。彼の音楽家としてその才能を遺憾なく発揮した作品が『ペット・サウンズ』であり、次にリリースされるはずだった『スマイル』、そして『サンフラワー』『サーフズ・アップ』に収録された楽曲群だと思います。年代で言えば1966年から1970年にかけてでしょうか。個人的には『サーフズ・アップ』に収録された「Till I Die」そして本来は『スマイル』のときに録音された「Surf’s Up」の美しさは絶品ものだと思っております。

誤解を承知で書きますと、ブライアン・ウィルソンは、この時点で亡くなっていれば、時代を象徴した天才のひとりとして後世に名を残したでしょう。

しかし、神は彼に運命のいらずらをします。

亡くなったのはブライアンではなく、二人の弟・デニスとカールでした。カールは1998年にガンで亡くなりますが、デニスの場合、所有している船から転落し、溺死という痛ましいものでした。1983年のことです。

1970年代から1980年代にかけて、ブライアンはほとんど表立った活動はしていません。出来なかった、というのが実際の事情だったのでしょう。1988年に初のソロアルバム『ブライアン・ウィルソン』をリリースし、その後は現在に至るまでコンスタンツに活動していますが、空洞の期間に受けた影響は、いまだに彼の中で続いているのかもしれません。

『ペット・サウンズ』に収録された名曲「God Only Knows」にならっていえば、こうした運命のいたずらはまさしく神のみぞ知る、というところでしょうか。