『かぞくへ』

なにコレ? ズルいわ~。『かぞくへ』というタイトルに、若干身構えていたら、見せ方としては正真正銘のラブストーリーじゃない?しかも驚くべきことに、あの使い古しの“友情”が、ロマンティック・ラブ・イデオロギーに勝利しちゃうという革命的映画なのよ。はい、春本雄二郎監督作品『かぞくへ』は、日本中の男子全員が間違いなくむせび泣く1本です(爆)。

ネタバレになるが、すでに開始5分で決着は付いている。都内のワンルームで暮らす旭(アサヒ)と佳織が、仲睦まじく食事の支度をしながら、半年後に迫った結婚式の打ち合わせをするシーンでのこと。両家の人数合わせに関して、旭はじぶん側の招待客は1人だと事もなげに答える…「洋人(ヒロト)がいればいいし」と―。どうやら旭は、身寄りのない施設育ちの生い立ちだとわかるのだが、そんな境遇を差っ引いたとしても、この一言は胸騒ぎを誘う。

「洋人がいればいい」って、どういう意味なんだ?マブダチには違いないだろうが、やけに確信に満ちたオンリーワン宣言で聞き逃せない。洋人っていったい何者? その後「洋人は結婚してるから嫁さんと2人だ!」と、思い出したように付け足すあたりがさらに不可解。世界は旭と洋人の2人だけで回っているのか…(汗)。開始5分で花嫁候補は蚊帳の外。佳織、だいじょうぶ?それにしてもすごいセリフだ―「洋人がいればいい」。

…というわけで、我々はマンマと“洋人よ、早く出てこい!”状態に焚きつけられている。そこで満を持しての逢瀬である。2人が待ち合わせをするのは、長距離バスが行き交うターミナルだ。あたりを見渡す旭の背後から→フイに待ち人の声が響き渡り→目の前にリュックが投げつけられ→タメをきかせてようよう洋人がお出ましになる。さらに映画は、2人をシャドーボクシングでジャレさせ、言葉より前に魂の交換をしているようなアクションで鮮やかにつなぐのである。おいおい、ここは放課後の校庭か!期待以上の再会シークエンスに思わず苦笑い…わたしが照れてどうする?(笑)

2人は、五島列島の同じ施設で育った幼なじみ。旭はプロのボクサーを夢見て上京し、ジムでトレーナーをしながら生計を立て、島に残った洋人は漁師になって今では所帯を持つ身だ。共に31歳。久しぶりに顔を合わせて島の言葉でくつろいだ会話が始まれば、2人の波動は自然に共鳴しあい、都会の雑踏は静かに書割りと化す。一見すると、いつの時代の話でしたっけ?とチャチャを入れたくなりそうな純朴青春パッケージだが、なぜか照れ臭さいのに、古臭くは見えない。
むしろ血筋のいい友情が新鮮だった。すべてを飲み込み尽くす東京では、溺れないようにと、こんな友情の再確認ドラマが無数に営まれている気さえした。

束の間の滞在中、旭は洋人に商売の口を紹介し、洋人はマリッジ・ブルーの旭に励ましのエールを贈り、2人はそれぞれの持ち場へ帰る。思いやりのジャブ合戦にノックダウン寸前。その名残惜し気な空気の繊細なことと言ったら…タマりません(汗)。

いや、主役はもう1人、しっかり者の佳織もいるのだが…。こっちは新しい家族を拵える前に、古い家族に足を引っ張られ、少々お疲れだ。祖母は痴呆が進み、旭の存在を認めない母とは平行線で、妹の将来までも背負う立場でしんどそう。何よりマズイのは、そうした事実を婚約者に打ち明けられない佳織の心の硬さにある。佳織よ、今からそんなにきっちり内と外の線引きをしてしまってこの先どうするつもり?でも、あのちっこい住処を基地にして、都会で人並みな生活を維持するには、息のあう相棒じゃないと難しい反面、逆に言えば相当顔色を窺い合ってもいるはずだ。一番大切な相手だからこその遠慮。彼女にとってのもたれ合わない線引きは、せいいっぱいの愛情表現なのかもしれない。

そこにアクシデントが降りかかる―。金の問題である。なんと洋人に紹介した商売の話が詐欺だと発覚。責任を感じた旭は落ち込み、借金を抱えた洋人の力になるべく深夜バイトを始め、佳織には式の延期を申し出る。じぶんをいっぱいいっぱいまで絞り込み、フォローしようと懸命に動き回る旭。ところがそんなひとり相撲が、友とも恋人とも微妙なすれ違いを生み始めるのだ。

家族のいない旭、家族が重荷の佳織、それぞれが理想の家族像を求めて出会い、かけがえのない絆を感じて結婚に至ろうという、ごく自然な流れだったはずなのに―。焦れば焦るほど思いやりの歯車が狂い出し、やがて書割りだった都会が前面にせり上がってくると、恋人たちはあっけないほどバラバラになる―。

若いのに苦労人の2人…。ピンチもあるのが人生だと身に染みているから、チームになろうと決意したのでは?今がまさに支え合いを発動するタイミングなのになぜ?…などと、ツッコミたい気持ちはやまやまだが(汗)、映画は丁寧に積み上げてきたものが、音を立てて崩れ落ちる過程に狙いを定め、予想以上の切れ味を見せる。

例えば出色なのは、登場するすべての人物の役柄とセリフがカチッとハマっているので、やたらLIVE感が渦巻いて見えるところ。中でも頻繁に映し出される携帯電話のやりとりには、対面コミュニケーション以上の悲喜こもごもが立ち上り、実に見ごたえがあった。そう、電話って見えない相手と手探りで会話している当事者の2人より、感謝もウソも詫びも怒りも、傍聴する我々観客の方が見通せてしまえる道具。映画=のぞき見のスリルに、うってつけのツールだと改めて気づかされたのだ。それと、お地味ながらジムの会長がいいのよ!生真面目で熱い旭の人柄を十二分に理解し、あえて遠巻きに伴走するその振舞い方が、ボクサーに寄り添うトレーナーのリズムになってて、印象深かったな…。

とはいえ、この映画の最大の武器は、ラスト・ランにある。その詳細を書くのはあまりにも野暮なので、バッサリ割愛させていただくが、孤独と感情の高まりを一直線に結んで幕切れへとなだれ込み、付け入るスキがない。映画は “洋人がいればいい”が、“かぞくがいればいい”にささやかにバージョンUPして終わる。慈愛に満ちた究極のラブストーリー、ぜひ劇場で堪能して―。

『かぞくへ』

2016年/117分

監督/脚本/編集 春本雄二郎
撮影     野口健司
音楽     高木 聡
照明     中西克之

キャスト 松浦慎一郎 梅田誠弘 遠藤祐美