■『東京自転車節』

地元の山梨で、代行運転の仕事をしながら映像制作をしていた青年、青柳拓(あおやぎたく)26歳。2020年春、新型コロナウイルス感染拡大の影響で仕事がなくなり、収入が途絶えた彼はホトホト困った…奨学金の支払いは待ってくれないからだ。東京の大学で映画を学ぶために必要だったその額、何と550万円也。彼の住む市川三郷町は、コンビニ・バイトもない地域らしく、収入の見通しが立たない中、身動きが取れずに焦りまくるのはもっともな話だ。

青柳拓監督の『東京自転車節』はこんなふうに始まる。去年の春、我々全員が経験したあの新型コロナ感染第一波の状況下で、身辺に起こったあれこれを、ほぼ自撮り撮影で綴るというわけだ。

ったく、映画監督ってヤツは油断もスキもない。自己表現で生きている人間なら当然の流れとはいえ、まったく先行きが見えないあの頃に、自身が駆けずり回った事実を刻印し、その一回きりの博打をお披露目しちゃおうという魂胆か~!観客はじぶんたちのあの頃を回想しながらの目撃となり、リアル度は自動的に増幅。そりゃあ、面白くないわけがない。

そもそも本作は、崖っぷちに立たされていた青柳監督が、「ウーバーで働きながら撮ってみない?」と大学の先輩に誘われ、二つ返事で始まったらしい。コロナ禍で俄然注目されるようになった自転車配達員をやりつつ、緊急事態宣言下の東京をじぶんの眼で目撃できるチャンスに乗らない手はないと―。

ただ情報の少なかった当時、地元から想像する東京は恐れMAXで、家族も出稼ぎには猛反対。そこをカンだけで押し切り、向こう見ずに飛び出して行ったのだから、筋がイイ。やっぱ映画作りを志すなら、あの”B級映画の帝王”ロジャー・コーマンの血筋を引いてこそナンボでしょう(笑)。とりあえずカメラを止めるな!だ。

さて2020年4月21日。颯爽と自転車に跨りたどり着いた東京は、異様な静けさに包まれていた。早くも若干の後悔を口にする監督。いやいや、スマホと小型の高性能アクションカメラGoPro(ゴープロ)だけで綴る単独記録映像は、泣きごととは相性がいいので要注意だ。それでなくても青柳監督は、童顔&おっとり口調で闘争臭の欠片もないキャラ。弱音を吐いても、その純朴さで逆に親密感が2割増しになりそうな青年だから、ここは冷静に見届けなくては―。

早々にお仕事がスタート。履歴書も面接もなく、スマホと自転車があればすぐに稼げる仕組みを、我々は監督と一緒に体感することになる。と同時に、口座残高313円(!)をスクリーンに提示し、現時点の窮状を数字で共有するあたりも抜け目がない。残高を見せられたところで間に受けはしないが、インパクトだけは受け手の身体に残る。金の話に飛びつかせると、映画はグッと野性味を帯びてくるのだ。

ウーバー戦国時代に参戦した初日、”我々”の収益は7,686円也。えっ?時給換算にするとマズくない?…イマイチ相場観がつかめないが、その夜はTくん宅へ転がり込む。この友人は、監督と対照的にふてぶてしい見た目の割には几帳面かつ繊細で、コロナが怖くてずっと引きこもり中。筑前煮を作りながらネガティブモードでもてなしてくれる様子が、帰省した息子を見守る母親目線になってて可笑しい。母性の成熟は家にいる時間の長さに比例するのか―。

そして映画はドンドン具体的になる。店とも客ともほとんど交流のない自転車配達の仕事では、想像以上にモチベーションの維持がキツそうだ。監督が雨に濡れながら、ハンバーガー1個とかタピオカドリンク1個を必死で届けるときに、フト虚無感に襲われるシーンの生々しいこと。稼ぐ必要性があり、目新しいスタイルの働き方を選んだとはいえ、簡単にマシンになり切れないのが生身の人間。結局労働には、金銭とは別の確かな動機づけがないと踏みとどまれない。さて監督は、どうやりくりするか。

ただ、労働体験と映画作りの2本柱が前提の監督は幸運だ。先輩配達員に効率のイイ稼ぎ方を伝授してもらったり、同郷の友人たちと励まし合ったり、ザンネンな独り誕生日ごっこに興じたり、ナマケ癖がたたって遂には路上生活者になったり…と、どこまで仕上がりを意識して仕掛けたアクションかは定かではないが、多くの国民が息を潜めて過ごしていた非常時に、身体を路上へ投げ出して拾い上げる悲喜こもごもは、それだけで映画を彩る旬の食材になるからだ。

その反面、監督の呆れるまでの素直さは、どんな苦労話にも柔軟仕上げ剤効果を与えてしまい、ムダにひとりウットリ方面にも、批評の域にも届きそうで届かない。何より550万円もの借金に無自覚すぎてちょっとイラついた。映画がふんわり漂っている状態じゃ、我々の思考は回らないんだよな。そんな頃合いで非常事態宣言が解除される―。

国家の長が、新たな日常をおくるための新しい生活様式を指し示したとき、監督は突如スイッチが入る。行きずりの老婆から70年前の記憶を聞かされたことで、焦土と化した戦後の東京と、コロナに振り回される今の東京を重ね合わせ、じぶんなりの突破口を模索し始めるのだ。

ここから目を引くのは、監督の始める”新しい日常”が、もう一度ウーバーでの労働に立ち返る点だった。彼は、当初の目的=出稼ぎを最大化するため、事業側が仕掛けるキャンペーンに手を上げる。3日間で70件のノルマを達成させると、特別なインセンティブが入る企画に、自らを追い込もうというのだ。

今更ながらカメラは恐ろしい。被写体のホンキの負荷をきっちり記録する。それも、監督の内面が変容するというより、監督の身体によって行く先々の空気が塗り替えられてしまう様子を映し出し、ホラー映画のレイヤーにシフトするではないか!異様な緊張感。生理現象としての髭面もわかりやすく効果大だ。そう、いつしか監督自身が走る非常事態宣言になったのだ。意表を突かれた…一瞬にせよ、あなたが一番おっかなくなるとは…ね。

ラスト。最大クエストとやらを達成した監督の頭上を何食わぬ顔でブルーインパルスが飛ぶ。なるほど、70年後のコロナ禍の東京には、360万円の税金爆弾が投下されたと皮肉ってみせたわけか。はい、労働者のささやかな抵抗は、しかと受け止めましたよ。でも、監督の借金はブルーインパルスを飛ばすより多額だという自覚も忘れずに。奨学金完全返済までの道のりと、その仕組みの問題点こそ、ぜひ映画化してほしい。

『東京自転車節』

2021年/93分/日本

監督 青柳 拓

構成/プロデューサー 大澤一生

音楽 秋山 周

編集 辻井 潔

出演 青柳 拓