1951年製作「小さなロバ、ビム」は、映像詩人と称される伝説のフランス人監督アルベール・ラモリス(1922-1970)の日本未公開作品。
東の国の、或る島の昔ばなしを、モノクロで描いた55分の短編だ。ここには私が映画で見たいもの、味わいたいことのすべてがあった―。
うわっ、ロバがいっぱいいる!子どもたちに連れられて、楽しそうに海岸線を走って行く。この国では、子どもたちがじぶんのロバを持ち、ロバと一緒に遊んだり労働したりして暮らしているみたいだ。ロバはペットというより大切な相棒。だから、海辺に連れ出して洗ってやったり、おやつに蜂蜜ケーキを買って仲良く食べたりして、とても大切にしている。彼らが島内をあちこち移動するたびに、ピンと張ったロバの長い耳と、ポンチョを着ている子どもたちのとんがりシルエットが響きあい、その愛らしさと言ったら…ついホホが緩む。監督のデザインセンスに早くも目を見張った。
物語の主人公は、ビムという名のロバと、飼い主のアブダラである。周囲の子どもたちよりさらに貧しいこの少年は、相棒におやつを買ってやれないと哀しむが、内心ではビムこそ最も美しいロバだと誇りに思っている。そもそもボロボロの布をまとっていてもフォトジェニックなアブダラと、どこから眺めても可憐なビムの組合せには、神話的な雰囲気が漂い、ついパゾリーニの映画を連想してしまったほどだ。…ということは、もしかして映画は悲劇へ向かうのか?それとも…。
はい、お察しの通り、突如ヴィランが現れ、風雲急を告げる!意地悪領主の息子メサウドが、ビムを見初めご執心。アブダラから強引に略奪を謀り、宮殿へ連れ去ってしまうのだ。そう、いつの世も、貧乏人は権力者に屈するしかないというお約束通りの展開である。ただし、定石とはいえ、白い壁とドーム型の屋根が特徴的な込み入った集落の中を、ビムを抱きかかえて走るアブダラの懸命の逃走アクションは、構図といい、明暗のコントラストといい、イチイチ絵としてキマり、作品の厚みにつながっているから大したもの。子供映画だと侮るなかれ!だ。
そんな中、広大な宮殿にビムを閉じ込めたメサウドは、支配欲に燃えるが、ビムからは一向に相手にされず、意地悪をエスカレート。ガキの悪戯とはいえ、ロバに靴下をはかせたりペンキを塗るって、なかなかの変態ぶりじゃあないか。やるなぁ。一方アブダラは、仲間の子どもたちと連係し、ビム救出作戦に乗り出す。イスラムと欧州文化が融合した、エキゾチックな建築様式の宮殿内へ、屋根伝いに忍び込み、スパイ映画さながらに高低差を活かした潜入活劇をお披露目だ。楽しいったらない♪(余談だが、映画を眺めながらなぜかマティスがモロッコ滞在時に描いた名作絵画の数々を思い出したので、鑑賞後にロケ地を調べたら、北アフリカのチュニジア ジェルバ島だと判明。やっぱりそうか、同じ文化圏の匂いがしたんだよね。)
ところが作戦はあえなく失敗。アブダラは護衛に見つかり屋敷牢へ閉じ込められ、ビムは翌朝肉屋に売られる運命に!試練は多いほど観客のカタルシスにつながるものだが、そろそろこの辺りで物語を転調させ、視点を変えたいタイミングでもある。
そこで映画は、ヴィランをあっさり改心させる。ビムとアブダラの強い結びつきを目撃させ、メサウドに友情の尊さを気づかせるのだ…仲良きことは美しきかなと。と同時に、映画を動かすためには、いかにノンストップで波乱を連鎖させるかが肝なので、すかさず次の仇役を用意した。ビムを宮殿の外へ連れ出すために、謎の泥棒コンビを新たに投入し、終盤に向かって舞台を大きく動かすのだ。
いよいよ最終コーナー。メサウドはアブダラを牢屋から脱出させ、連れ去られたビムを追う同志となる。そして夜明けとともに、ロバを連れた子どもたちがふたりの援軍になろうと続々と集まり、ビム奪回作戦の狼煙を上げる。いざ出陣!いやー、鳥の声が響き渡る中で繰り広げられる、友情の連鎖がタマラン。不覚にも涙ぐんだりして…。しかも、ビム救出軍団が馬車やロバに乗り合わせ、砂地や海岸線を猛スピードで追撃する移動撮影では、まるで「駅馬車」並みのLIVE感が堪能でき、超カッケーのよ、マジに。でもって、それだけじゃない!最後の最後に、なんと舞台を大海原へ移すのだ!
海辺にたどり着いた泥棒コンビは、嫌がるビムを船に乗せ、帆を上げる。子どもたちもひるまず大急ぎで別の船に乗り込み、海上大決戦が始まる。小さなロバたちが心細そうに岸辺で見守る中、敵に勇敢に食らいつく子どもたちが、次から次へと海へ投げ落とされ、想像以上にエグイ。ヒヤヒヤドキドキ。それでもめげることなく、子どもたちが一丸となり、どこまでもタフに立ち回る雄姿の眩しいこと!これぞ正統派冒険活劇。ビム奪回の勝利に沸きながらの閉幕に、ヤンヤの拍手喝采だ。
「小さなロバ、ビム」は、とても55分の短編とは思えない濃密さ。そのうえ鑑賞後の多幸感が、いつまでも続く奇跡的な仕上がりの映画である。セリフを極端に少なくし、物語の補足となるようなナレーションを時折挟むだけの、絵本のような構成も、大きな勝因となっていた。
「バルタザールどこへ行く」(1966)「ライフ・イズ・ミラクル」(2004) 「EO」(2022) 「イニシェリン島の精霊」(2022)…これまでにも、ロバの存在が記憶に残る外国映画とたびたびめぐり会ってきた。ヨーロッパの文献に最も多く登場する動物はロバだと読んだことがあるが、確かにどれも、ロバをありふれた存在として位置付けたうえで、あえて象徴的に描く映画だった。それに対して日本では、ロバが家畜化されなかったせいか、どこかファンタジー的存在に捉えている節がある。首をうなだれてひっそりたたずむ姿に憂いがあり、個人的にはスクリーンにちらっと映るだけで、ツイ胸を締め付けられてしまうのだ。
ロバと子どもが一心同体で暮らすおとぎ話「小さなロバ、ビム」、新たなロバ映画として忘れられない1本となった。
「小さなロバ、ビム」
1951年/55分/フランス
監督・脚本/アルベール・ラモリス
語り/ジャック・プレヴェール