ロカルノ映画祭の最高賞に輝いた、三宅唱監督作品『旅と日々』が楽しい。タイトル通り、描かれるのは「旅」、と、「日々」だ。並列助詞の「と」を真ん中に置き、等価に並べた点がミソ。
「旅」と言ってもここでは、観光や仕事目的とは異なり、日常から自分を引きはがすために移動するイメージ。無理して目的を置かないことが目的みたいな…。そして生活圏から離れ、数日同じ場所に滞在する形で語り、「日々」とした。非日常は移動とともに始まるわけだが、滞在となると晴れがましさは徐々に消える。そこで、旅に出たからこそ知り得た胸騒ぎと、旅に出ても尚つきまとう自我との間で、あっちに行ったり、こっちに来たりが繰り返される…。映画は、そんな様子を「絵(映像)」と「文字(言葉)」の2方向からのアプローチで “絵日記”仕立てに綴り、乙な味わいがある。そう、「日々」だから、絵巻物のうねりではなく、日めくり感覚で眺める絵日記の形式こそがふさわしい。ここから何が飛び出すのか―。
東京で脚本家をしている主人公の李は、創作に行き詰まりを感じつつも、夏の離島を舞台に新作を書き始めた。原稿用紙に鉛筆を使い、ハングル文字(!)で。すると、物語が書き進められて行く端から滑らかに映像に置き換わり、映画は劇中劇の様相を見せる。ただ映像が動き出しても、日本語からハングルに書き直して執筆する記憶に引きずられ、どこの国の話か特定できず、日本語が聞こえてようやく、目の前に広がっているのは日本の夏の情景らしいとあたりがついた。そっか、文字を捉えたショットが入り込むだけで、国レベルのものさしが起動し、該当国の文化を意識して見ようとするものなのか…脚本家は韓国人女性?類推する要素が多くなると、とっ散らかって嫌な人もいるかもしれないが、私は歓迎。物語の行く先は簡単に見えない方がいい。この後も、見通せない動きがずっとずーっと続く。
指先に絆創膏を貼った若い女が登場。人影まばらな海辺の町を訪れ、ひとり気ままにあちこちぶらつく。郷土の歴史を展示する小さな資料館に入ったり、進入禁
止の山の中へ分け入ったり、岩壁を通り抜けたら海が全開になったり…。真っ青な夏空と時折吹き付ける強風を背中合わせの絵にして、不穏な気配は濃厚だ。そしてもちろん、訳アリ風な女が動けば男と出会う。母親の故郷に滞在中の青年を見かけ、雑談がスタート。退屈まぎれに交わす言葉は、跳ねもしなけりゃ途切れるでもなく、夕暮れから夜のとばりが下りるまで、いい塩梅のトーンでゆるゆる漂い、やけに心地イイ。風のような…波のような…。旅の途中ならではの3割増し効果か―。
ふたりは翌日も海で再会。台風が迫りくる暴風雨の中、青年はアロハ姿でみつ豆を差し入れし、訳あり女はいきなりビキニ姿をお披露目だ。しかも何の躊躇もなく、ふたり揃って大荒れの海で泳ぎ始めるのには目を疑った。「この悪天候に及んで夏本番アクションかよ!」と、へなちょこ風味のエロスとタナトスを笑っていたら、突然劇中劇は幕を降ろし、現実時間に着地するではないか。そうだった、そうだった!忘れていたが、今目にしていた奇妙でオチのない白日夢のような光景は、脚本内の世界だった。どうやら、書き上がった脚本が映画化され、大学のゼミで上映されていたようだ。
ここで時系列を整理すれば、脚本家の李の創作現場(現実時間)→脚本世界の映像化(脚本内時間)→完成した映画が大学で上映(現実時間)→ゲストとして教授や学生と交流(現実時間)という流れになる。それなりに起伏はあるが、ドラマが向かう先はまだまだ不透明。だけど、映画自体が立ち止まる気配のない日めくり絵日記仕様なので、観客の思考も同期し、静かにずっと回り続ける。
さて後半戦。映画はいよいよヒロイン李の身辺に接近する。完成した映画を見て、じぶんには才能がないと凹んだ李は、ひょんな経緯で手に入れた古い一眼レフカメラを携え、旅へ向かう。言葉から逃れ、代わりにカメラで世界と対峙しようというわけか。そんな、真夏の物語を書いた脚本家がたどり着いた先は、真冬の雪に閉ざされた山奥だ。そのうえ自身の旅も、彼女が書いた脚本同様、「この悪天候に及んで冬本番アクションかよ!」と突っ込まずにはいられない命からがらの行程となり、可笑しいやら恐ろしいやら―。
“遭難”の2文字がよぎる吹雪の中、ようよう見つけた宿は、風流狙いのわび住まいではなく、今にも崩れ落ちそうなただのオンボロ小屋だった。そもそも客間すらなく、宿主のオヤジと囲炉裏を囲んで着の身着のまま寝るハメに…マジか。だが、旅先のトホホ体験が、韓国人女性をヒロインに配したことで、外国人旅行者の異文化好奇心へとごく自然に展開するのには恐れ入った。何より偶然出くわしたこの二人、絵的にも言葉的にもおっそろしくかけ離れているのに、浮世離れ感が同質のため、バディとしてやけにスクリーン映えするのだ。あの訳アリ女と青年の雑談のように―。
というわけで、主人公はほうほうの体で宿を立ち去るどころか、旅先で執筆道具を広げたり、仕事に行き詰まっている胸の内をこぼしたりと、宿主を前にスッカ
リ打ち解け出す。宿主は宿主で、突如現れた話し相手に気持ちが緩み、俗物臭を大っぴらに出し始めたりして、もはや客と宿の間柄ではない。そのうえ、共に人生のスランプ期に突入中のこのバディは、観客の想像を大きく超え、深夜に降り積もった雪道をエンエンと歩き、泥棒に入ろうというまさかの展開!宿主の元ヨメの実家から錦鯉を盗み、養殖で一儲けしようと企むのだが…。
夏と冬、海と山、台風と吹雪、昼と夜…見知らぬ男女の出会いがあり、謎と倦怠と冒険に縁どられた絵日記をめくるうち、いつしか犯罪現場にも遭遇できてしまった「旅」と「日々」。李さん、もう大丈夫。こんなに盛りだくさんな体験をしたのだから、すでにスランプは遠い日の想い出。掃除して、昼寝して、非日常が日常に置き換わった。そろそろ書き始めますか―。
追伸/恥ずかしながら、つげ義春の原作も、女優シム・ウンギョンの存在も全く知らずに鑑賞。むしろ自分にとっては、知らないことが幸いした一本となった。
2025年/89分/日本
監督・脚本/三宅 唱
撮影/月永雄太
編集/大川恵子
原作/つげ義春
出演 シム・ウンギョン 河合優実 髙田万作 堤真一