ショーン・ベイカー作品を最初に目撃したのは、2017年のこと。全編iPhoneで撮影した「タンジェリン」(2015)が話題になり、劇場へ。あれからまだ10年も経っていないのか…。
正直言って映画鑑賞の方法論として、個人の電話(iPhone)で撮影した日常的な内輪の騒動を、わざわざ映画館の大きなスクリーンで有料で見せることに、当初は「いかがなものか?」と訝しく思ったものだ。だが、製作費用を抑えるための苦肉の策とはいえ、「タンジェリン」に素人臭さは微塵もなく、むしろジョン・ウォーターズ映画を圧縮したような語り口に、得も言われぬ郷愁が漂い愛らしかった。以降、常に次回作を待ち望む監督の一人となった。そのうえ新作「アノーラ」(2024)が、去年のカンヌでパルムドール受賞の快挙だ。こんなに短期間で世界を席巻するとは…ぶっちゃけ、本人が一番驚いていないか?
そんなショーンの「タンジェリン」以前の初期の作品が、この夏初公開された。「テイクアウト」(2004)「プリンス・オブ・ブロードウェイ」(2008)「スターレット」(2012)と、3本立て続けにチェックしたが、いやー、私が悪うございました。譲れない確固としたテーマを持ち、テーマに対して毎回新しい切り口で挑み、着実に腕を上げている。パルムドールに至るまでの軌跡を遡ってたどってみたら、驚きでもなんでもなく、非常に腑に落ちた。獲るべくして獲ったのだ。取り急ぎここでは、3本中最も気に入った「スターレット」について書いておく。
女優志願のジェーンは21歳。親友メリッサとヒモのマイキーの馬鹿ップルとルームシェアをしながら、ロサンゼルスで暮らしている。差し当たり、3人が何で生計を立てているのかは不明だが、好きな時間に起き、ドラッグをやりながら昼間から対戦ゲームに夢中になっている様子からすると、いわゆるサラリーマン的金銭思考で生きていないことだけは確かだ。あと、見た目の印象=トレンドの取り入れ具合が同質なので、3人ともわかりやすく一旗揚げたい人種に違いない。
引越して来て間もないジェーンは、ある日殺風景な自室を模様替えしようと、愛犬を連れてガレージセールへ出かける。雄のチワワのスターレットとは、何をするのも一緒。ペットというより、相方扱い。痩せっぽちで持て余すくらいなが~いおみ足のジェーンと、ちびっこいスターレットの組合せは絵的にも絶妙で、スクリーンがおとぎ話の世界に早変わり。うーん、なかなか楽しいじゃないの~♪
さて、戦利品を抱え帰宅したジェーンが、ある老婦人から買った魔法瓶を花瓶にしようと洗っていると、中から丸めて束ねた札束がゴロゴロ出てくるではないか!丁寧に乾かして数えてみたら、何と1万ドル以上もある。ジェーンは、逸る気持ちを相方につぶやきながら、ちゃっかり大金を魔法瓶からじぶんのブーツの中へ配置換え。そりゃあ、現ナマのオーラを浴びたら最後、誰しも抵抗できないものだ。彼女のユルく飢えているかんじがリアルに伝わるいいシーンだった。
早速ジェーンは、意気揚々とショッピングセンターに出かけ、美容サロンに立ち寄り、棚ぼた小金持ちをエンジョイしようとするが、イマイチ心が晴れない。魔法瓶の売り主の家はわかっているし、そのうえ相手はお年寄りだ。良心の呵責ってヤツが付きまとう…意外にもまっとう。迷った挙句、思い切って返しに行ってみた。ところが、なぜか頑なに返品を断られ、玄関先で追い払われる始末…。うーん、どうしたものか。とりあえずお金のことは秘密にしたまま、ジェーンはこの人嫌いな老婦人と打ち解けあう方法を探ることにした。
まずは、偶然を装い、車を持たない老婦人の送迎を勝手に始めた。なるほど、罪の相殺にちょうどイイ思い付きではないか。荷物の運搬にかこつけてしれーっと自宅に上がり込み、暮らしぶりをきょろきょろチェックしたりして…ジェーンの大胆さに大笑いだ。相方のスターレットも一緒ってところがさらにウケる。老婦人の名はセイディ。高齢の単身暮らしに送迎はありがたくても、若い女+一匹の勝手な振る舞いに振り回され、当然ながら警戒心は増すばかり。
次にジェーンは、セイディの週一回の楽しみのビンゴゲーム会場へ、またまた偶然を装って襲撃。虚無の吹き溜まりのビンゴ大会と、露出度の高い若いねーちゃんの組み合わせは相当に奇異で可笑しいのだが、ジェーンの一方的な付きまといに怒り心頭のセイディが、催涙スプレーを持ち出して反撃に転じ大騒ぎに!魔法瓶を縁に接点の始まったふたりが、ごく短期間に、警察が出動するほどホンキでぶつかり合う。痛快。と同時に、ここは本作のキモにもなるシーンだ。
ユルユルに生きてるジェーンと偏屈なセイディ。映画は、異質な者同士をガチンコ勝負させた後、今度はセイディの方から謝罪のために近づかせ、ふたりをイッキにときほぐしてみせるのだ。世間からハミ出しているふたりだが、ここでは実社会のルールにのっとって軌道修正し合い、美しい。送迎も再開。ただし、それはジェーンの目論見通りでもある。セイディの身の上話を聞けば、家族は誰もおらず、ギャンブラーだった亡き夫の遺産があり、お金には困っていない様子。何より魔法瓶のことなど、すっかり忘れているのには助かった。
家へ出入りし、お茶してくつろぎ、おしゃべりを重ねるふたりと一匹。
やがて、運転免許を返納して遠出ができないセイディを、夫の墓参りに連れ出してあげる間柄にまでなる。まるで帰省した孫と祖母だ。とはいえ、ショーンの映画が孝行ドラマで終わるわけがない!遅ればせながら、ここからジェーンのリアルお仕事現場に横展開する。我々は、彼女が主演の新作の撮影現場に同行する形で、ハードなからみシーンを前振りもなく目撃する。そこで初めて、ポルノ女優が生業だとわかる仕立て。何食わぬ顔で、我々の偏見を炙り出そうとする演出が油断ならない。
とはいえ、ジェーンの振る舞いはどんな場でも同じトーンに映し出される。同居人と接するときも、高齢のセイディの前でも、裸一貫稼業の現場でも、ちょっと呆れるくらい素直で濁りがない。いつも他者を想像して接し、優しさに厚みがある。そう、ジェーンには、”共同体の中で生きる”という感覚が、ごく自然に備わっている。それは、我々が職業に貴賎なし状態で映画に留まっていられる理由にもなっているのだ。
そして忘れちゃならないのが、例の大金の落としどころだ。ジェーンは、PARISに憧れるセイディのために、あのお金で一緒に旅する計画を思いつく。ところが出発までに様々なアクシデントが起こり、本当に旅立つことができるのか、最後の最後までまったくヨメない。秘密を持つジェーンは明らかに分が悪く、見守る我々もツイあの手この手とお節介妄想に走る。果たして一発逆転はあるのか。
ラストは年の功が光った。旅立ちの朝、セイディは、どうしても墓参りに立ち寄りたいと言い出す。実は彼女にも打ち明けられずにいた秘密があり、それを信頼の証として先回りして開示し、ジェーンの重荷をほどいてあげたのだ。年齢も出自も大きく異なるふたりの心が、さらに強く結びつくための慈悲深きサプライズ…。無言のアイコンタクトが胸に染みる幕切れとなった。
長編デビュー作から今年で25年。ショーン・ベイカーは、毎回、観客を閉幕ギリギリまで映画内世界に引き止めて離さない作家である。そして必ずや最後に予想外の角度から、我々に今日を生き延びるためのささやかな安息を与えてくれる。彼の映画は、すべての労働者のためにある。
2012年/103分/米国
監督・脚本/ショーン・ベイカー
撮影/ラディウム・チャン
出演 ドリー・ヘミングウェイ ベセドカ・ジョンソン ジェームズ・ランソン